浜元二徳(はまもとつぎのり)さんとのふれあい

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水俣病患者さんとのふれあい

 平成10年10月、ぼくたち、5.6年生は社会科見学旅行に行きました。水俣病資料館では、語り部の浜元二徳さんにお話を聞きました。

   

 浜元さんは、水俣病のこと、差別のこと、チッソのことヘドロの事などをいろいろと話してくださいました。仕切り網がはられたのは、昭和49年のことだそうです。仕切り網がとれたのは、今から3年前、平成7年のことです。24年間もはられていたことになります。その間仕切り網の中でとれた魚は食べられなかったし、漁師の人も仕事ができなかったので、大変だったろうと思いました。今は漁師の人たちも活動を再開しているます。水俣でとれた魚はおいしいです。水俣の海がきれいになっていることを知り、とってもうれしいです。

 差別を受けてとても苦しんだことも話してくださいました。水俣病になっている人はタクシーに乗せてくれなかったり、保健所の人が来てロープをはって浜元さんの家に消毒をしに来たり・・・。今はみんなとよくなれるようにもやい直しをしている、と語ってださいました。

 もやいについての浜元さんの話によると水俣病患者の数は次の通りだそうです。(平成11年1月1日現在)

認定  2262
死亡  1323
未認定 10353
17000人

  仕切り網の一部(水俣病資料館に展示)

 

 ぼくたちは、水俣病の教訓からいろいろなことを学びました。水の大切さ、自然の大切さ、一度壊した環境を元に戻すには、長い年月がかかること。これからは、環境のことを考え、「水を汚さない。」ちりを出さない。」など自分たちにできることから始めていきたいと思いました。